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偏食気味の映画考察と駄文の超偏食BLOG

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第35回【ジョニーは戦場へ行った】 

"DULCE ET DECORUM EST PRO PATRIA MORI"
   (祖国のための死は 名誉で甘美である)

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「ジョニーは戦場へ行った」
(JOHNNY GOT HIS GUN)

1971年/アメリカ/監督 ダルトン・トランボ

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第一次大戦下、戦場で被弾した1人の男が軍事病院に運び込まれた。両手両足・アゴ・目・鼻・耳などを失くし、脳に甚大な損傷を受けた為、もはや考える力も持たない生きてるだけの肉の塊。それは軍部には格好の研究材料だった。しかしそんな軍医の診断を覆し、男(ジョニー)には微かだが確かな意識が存在していた。
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人としての機能の殆ど奪われ、ジョニーに出来る事は夢を見る事と考える事だけ。それでも時が経つにつれ、わずかに残された感覚で今の自分を理解していった。伝わる振動で人の出入りを知り、肌に射す日光で時を知り、看護婦が肌に書いた文字で季節を感じた。そして幻覚とも過去の記憶ともつかない不思議な夢。その中で大好きだった父がジョニーに語る。
「考える事を学んだろ?」

そしてジョニーは行動した
1人の人間としての証を示す為に

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学生時代に観て軽くトラウマになった作品。過去の記憶と夢の世界はカラーで、過酷な現実をモノクロで表現しており、その落差は大きい。ダルトン・トランボが39年に執筆し、その反戦メッセージの強さから戦時中に発禁処分になった小説を自身が監督した作品であり、その為か衝撃度はかなり強い。あらすじから気味の悪い作品のような印象を持つが、実は画面上にジョニーのグロテスクであろう容貌はでてこない。始終顔には箱型のマスクが被せられ、身体はシーツに隠されているだけだ。ここに安易な視覚的表現は全く必要としない。この作品の怖さは表面的な物ではなく、考える事以外の一切を永遠に封じられた男の内面にあるからである。ジョニーに感情移入すればするほど、この悪夢は辛く恐ろしいものになるだろう。
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夢の世界に現れる[キリストと呼ばれる男]のセリフに「誰かが君を救えるふりをする方が残酷だ」とあるが、ラストにこの言葉の真意を気づかされる。どんな善意も彼を救う事はできず、逆に悪い方向へと導く。より悲惨で残酷な状況へ。そして最後のシーンは確実に見た人のココロに焼きつくだろう。
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さて、
次はグッと趣を変えて最低のZ級映画などを








[ 2007/07/01 21:18 ] 映画レビュー | TB(0) | CM(0)
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