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偏食気味の映画考察と駄文の超偏食BLOG

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第34回【ソドムの市】 

[地獄の門] 狂宴の始まり
[変態地獄] 強姦・ソドミー
[糞尿地獄] 食糞・スカトロ
[血の地獄] 拷問・虐殺
4つの恐るべき狂奏曲

Salo-0

「ソドムの市」
(Salo o le 120 giornate di Sodoma)

1975年/イタリア/監督 ピエル・パオロ・パゾリーニ


イタリアが連合軍に敗北した年、数少ないファシストでもある権力者達(大統領・大司教・最高判事・公爵)は、自らの快楽の為だけに市町村条例を改定。その条例により町や村から選りすぐりの美少女と美青年が奴隷として秘密の屋敷に集められた。4人の語り女に卑猥な実体験を語らせ、それと同様の行為を青年達にさせる事によって淫蕩で変態的な快楽におぼれるつもりなのだ。
そして想像を絶した地獄の狂宴が始まった。

Salo-1

ファシズムや芸術性云々の難しい話は他の論評サイトに任せるとして、私は率直な感想を。知識が乏しいのはこういう時に不便です。
一番印象に残った事はやっぱりウンコでした。(笑
Salo-2

以前からそのウワサは聞いてましたが、これだけ大っぴらに食糞シーンがあるとは。しかし美少女に無理やり食わすのは良いとして(?)、権力者達も普通に食べるのね。しかもウンコの質まで指定するという凝り様だ。夜の宴に出された大皿一杯の山盛りウンコなんて他じゃ絶対見れない貴重なシーンだ。
こんな映画が普通に公開されたのは信じ難いが、いわゆるパゾリーニブランドの芸術性を評価されたのでしょうね。

でもやっぱりウンコウンコ
Salo-3

集められた男女は人間性を完全に無視され、快楽の道具としてのみ扱われ、抵抗もできずに死んでいく。青年エッツィオが黒人召使の女性と密会をし、禁じられていた姦通を見つかって撃ち殺される間際に高く掲げるこぶし。これが4人(ファシズムと権力)に対する儚くも強い唯一の抵抗でした。この場面はとても印象的だ。
Salo-4

物語終盤は凄惨な拷問のオンパレードで、目玉をくり抜いたり舌を切り取ったりと大虐殺だ。3人が直接手を下し、他の1人が離れた場所からその様子を双眼鏡で覗くという徹底した趣味の悪さ。加えてこの宴の異常性を表す楽しげなダンスに、後に訪れるであろう破滅が予感されて恐ろしい。
そして唐突に映画は終わる。
Salo-5

結構普通に見れましたが繰り返しは見たくはないです。
この映画は知り合いに薦められないな

(注)
私は特別ウンコが好きな人間じゃない。むしろウンコなんか嫌い。スカトロ反対!!
誤解なきよう・・・




最近blogの方向性がキワモノ専門になってきたので、ここらで軌道修正が必要だろうか?
とりあえず次回は何か綺麗な物で・・

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[ 2007/04/03 01:04 ] 映画レビュー | TB(0) | CM(6)


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